泉橋酒造の酒造りにおいて「自家精米」することは、「自家栽培」することと同じくらい重要な工程といえるでしょう。
蔵人の高橋靖拡さんは現在、精米と酛造りを担当されています。お聞きしたいことはたくさんありましたが、今後「精米について話を伺う機会がどれほどあるか?」と考えた時、今回の蔵人インタビューを『精米特集』にしようと決めました。
「精米屋」はどのようにお米を削るのか? そして削った先に何を見ているのか? 当初の想定以上に長いインタビューとなりましたが、ぜひご覧ください。
※全体を「前編」と「後編」の2構成に分けております。
泉橋酒造株式会社 栽培醸造部 高橋 靖拡(たかはし やすひろ)さん
◆ 昭和47年生まれ、神奈川県横浜市出身。福島県内の酒蔵に精米専任担当として15年間勤務の後、平成24年7月泉橋酒造に入社。釜屋として3年間務め、現在は酛屋。その間も精米には一貫して携わっている。
◆ 泉橋酒造に入った頃、だだっ広い平野の田んぼを見て「ああ、心地良い。やっぱり関東人は平な光景を見て癒されるんだな」と感じたという高橋さん。当然ながら(⁉)お酒は大好きで、基本的に毎日飲んでいる。お燗にして美味しい「熟成・旨口」タイプが好み。
「一麹」の前に “肝” がある
――― 高橋靖拡さんの担当は「精米屋」、そして「酛屋」とのことですが、本日は精米について詳しく伺いたいと思います。まず、米作りと酒造りを繋ぐ工程となる「精米」の重要性についてお聞かせください。
はい。酒造りの世界では「一麹、二酛、三造り(いち こうじ、に もと、さん つくり)」と言われます。一番目の麹米が最も重要視されているということですね。製造工程順で見ても麹造りが最も上流で、その次に酒母(=酛)、最も下流に位置するのが醪(=造り)になります。
この言葉をどう解釈するか。私は「上流工程がうまくいくほど、下流工程は手をかけなくても健全に進行していく」。そう認識しています。
では、もっと上流にはどんな工程があるのか。麹を造る前に「洗米 → 吸水 → 蒸米」の作業があります。さらに上流にいくと「精米」があり、そのまた上流に「栽培」がある。
――― 酒米を栽培して、精米して、洗って、吸水させて、蒸す。それからやっと麹米造りが始まる。
はい。前職でも精米を担当しましたが、そこで経営者や職長から言われたことがあります。
「『一麹、二酛、三造り』と言うけれど、精米がうまくいけば良い麹造りに繋がる。だから、『一麹』の前にも “肝” になる工程があるんだよ」と。今でもそのように考えています。
泉橋酒造を2社目の候補として考えた時、もちろん栽培からやっていることも面白そうでしたが、自家精米をしていることが私にとっては大きかった。私の役割として、「麹米・掛米を良いものにするため、より上流工程の精米で貢献したい」と考えて入社しました。
――― 泉橋酒造では全量を自家精米されていますが、そのメリットは何でしょうか?
犬塚君の話(※「蔵人インタビュー 犬塚晃介さん」参照)ともリンクしますが、弊社では自社と契約農家さんの田んぼ一枚一枚に番号と字名(あざめい= 一区画の地名)を付けて区別しています。各田んぼで収穫されたお米を集約化・均一化することなく、それぞれ1ロットとして精米し酒造りに使う。
これが酒米を買い付けて造る場合は、例えばあるJA管内でとれたお米が集約化・均一化、そして精米されて入ってきます。要するに「生産者や田んぼが混ざってしまった」状態で蔵に入るわけですね。
それだと田んぼの個性の違いからくるバラつきがあって、洗米・吸水工程の “上がり” にもバラつきが生じがちです。
――― 集約化・均一化されると、同じ品種の米でも納品される1ロット中に様々な個性の米が入ってくる。それを洗米・吸水させるとそのロットの中で、出来の良し悪しが出てきてしまうのですね。
泉橋酒造では「○○さんの○番目の田んぼ」という1ロットを固めて使います。そのお米を使い切ると、また別のロットを固めて使う。だから同じ生産者のお米でも田んぼが異なると、個性の違いを感じます。
例えば○○さんの山田錦を精米歩合55%にして、圃場1番・2番のロットを続けて洗ったら、吸水時間に少し違いがあったとする。そして、できるだけ同じ仕上がりになるよう吸水させて麹屋に託します。
後で麹屋にどんな塩梅か聞くと「1番は品温上昇が旺盛、2番は比べて品温上昇は抑え気味」などと返ってくる。こうして細かな違いを認識できるんですよね。吸水や製麹で毎年記録をつけて、「○○さんの1番の山田錦を55%にした場合、こういう実績が残った」という履歴が毎年蓄積していく。もちろん精米工程でも同様です。
――― その履歴を基にノウハウが蓄積されていくのですね。
ええ。ですから集約化・均一化されていないメリットは、お酒造りでそういった“レシピ作り” ができること。「この商品には○○さんの1番が良いんじゃないか」とアタリを付けて、狙い打ちでその田んぼのお米を使える。
また生産者の顔が見えて、性格もお互い良く知った関係性であることも大きなメリットだと思います。
グリグリ、中庸、サラサラの3段階
――― 精米工程で大事なポイントは何ですか。
精米屋の役割としては、どのような玄米が来ても一様に仕上げることだと考えています。
精米の次は洗米・吸水なので、その担当者がやりにくいようではダメ。「原料処理」の段階としては精米、洗米、吸水して、蒸し上がりで判断するのが最終的な品質評価だと思うんです。
良い蒸米のための精米上がりとしては、まず砕けたお米=砕米(さいまい)が少ないことが一つ。整粒率の高さですね。
また、そもそも精米する目的はお米の外側にある成分 ―タンパク質、脂質、ビタミンなど― を取り除きたいから。これを効率良く取り除けているか、特に胚芽がきれいに取れたかを見ています。
クリーム色の胚芽があった所が丸く削れて、真っ白な部分しか残っていない状態が理想です。大部分が取れていても胚芽の根がしぶとく残っていると、そこに栄養がたくさん残る。
そのままだと、後の工程で酵母がそれを栄養として発酵が旺盛になりすぎる恐れがあり、不都合があるんです。
――― 栄養があるのは良いことだと思ってしまいますが、そう単純ではない?
そうですね。あることがダメではなく、デンプン以外の栄養素を意図的にどれくらい削るか、あるいは残すかが肝。その調整を精米歩合によって行います。
各成分を適度に残した精米歩合では、それらの栄養素が旨みのもとになりフルボディなお酒が得られます。あるいは大吟醸のような繊細な酒造りでは極限まで削る。しかしどちらの酒でも米に胚芽の根が残っていると栄養が多くなりすぎます。
――― 胚芽は微調整しにくい部分だからまず除いてしまい、それ以外の部分で目指す酒質に合わせて調整するのですね。
具体的な精米の流れを教えてください。
(精米前の)玄米は「稲の種」なので、頑丈で割れにくい状態です。精米が進んでいくと脆く、割れやすくなってしまうけど、胚芽を除去する工程は精米初期。まだ割れにくい“強い玄米” です。
そこで大きな力をかけて「グリッ!」っと精米してやると、胚芽が強い衝撃力によって「ポーン!」と根っこごと吹き飛んでいくんですね。
だから精米初期には意図的に回転数を上げたり、抵抗を大きくかけて胚芽を根こそぎ取ってしまう。その後回転数・抵抗ともに「中庸」の工程を経て、ナイーブで脆くなってからは優しく精米する。そういった流れで進めていきます。
――― 大きく分けて3段階。
(1)高回転、高負荷 (2)どちらにも偏らない中庸 (3)優しく丁寧に、ですね。一般的な作業での時間配分は?
最初にグリグリ削るのは3時間くらいですね。中庸工程の所要時間は4〜5時間でしょうか。ここまでで初期から都合7~8時間です。ここでは回転数も負荷も中庸にしています。実は初期の精米の進み方にはバラつきがあり、まだまだ玄米のようなお米もあれば、ある程度進んだお米もある。
中庸にしている間に精米歩合を85~75%程度にしていくのですが、その間にバラつきが矯正されて均一になっていきます。そうなるような精米条件にしているんです。というのは、そこでやっておかないと後は均一にするチャンスを失ってしまうから。
中庸を過ぎると1ロットの中が均一な状態となり、今度はサラサラと優しく流していきます。そこでちょっとお米を手に取ってみて「砕米率が少し高いな」と思えば、ちょっと微調整して直してやる。
――― サラサラと流す最後の工程は何時間くらいかかるのですか?
(目指す)精米歩合によって違います。65%だと15時間くらい(都合22時間)かかることもあるし、58%だと20時間以上(都合27時間以上)になることもあります。
――― 均一になった後のサラサラ工程が一番長い?
はい。だから進行としては、最初短時間ですーっと精米歩合が進んでいくんですね。ある程度の所で緩やかになって、それからは少しずつ時間をかけて進んでいくイメージになりますね。
――― 本当に緩やかに丁寧にやっていく。精米歩合による精米総時間の違いについてはいかがでしょうか。
例えば最近上がったものですと、山田錦58%で31時間半ほどかかっています。これが同じ山田錦で65%精米になると24時間くらい。泉橋で一番低精白なものに山田錦80%がありますが、5時間くらいですね。
――― これが雄町になると、同じ精米歩合を目指しても時間は変わるんですか?
やはり少し変わります。品種が変われば微妙に時間は変わってきますが、それでも長い方が望ましい。山田錦65%で24時間と言いましたが、これを雄町で65%に削る場合、22~24時間ほどかかります。「ちょっと短かった」となれば「ある程度、砕けたな」という評価をしていますね。
――― 砕米が出る → 砕けた米は糠になる → 精米機は糠となった砕米の重量分も含め「予定通り削れた(目指す精米歩合に達した)」と判断する → 精米機が精米作業を終わらせてしまう、ということになるのですね。
「ああ、短くなっちゃった」で終わらせない
――― 酒蔵見学の時に米が「軟らかい」「硬い」という話が出ることがありますが、その違いは何なのでしょう?
よく「軟質米」「硬質米」という言い方をすることがあります。前者の代表格が山田錦、雄町です。後者の代表格は五百万石、美山錦などでしょう。
では「軟らかい」「硬い」とはどういうことか。精米段階では、軟質米は玄米の塊をギュッと握った時にやはり軟らかい印象を受ける。しなやかで衝撃に強いタフな感じがします。硬質米は明らかに「キシッ、キシッ」という硬い印象です。
軟質米はしなやかさを持っているので衝撃に強く、高精白に向きます。硬質米は硬いが故に、精米に気をつける必要がある。砕けてしまう危険があるのです。
山田錦や雄町も同じ軟質米ですが、山田錦はより高精白に向くと言われています。理由の一つは、「粒の大きさ」と「心白の大きさ」のバランスが良いこと。比較的、雄町は心白が大きい。心白は密度がスカスカなデンプン質ですから、大きすぎると衝撃を与えた時に砕けやすいんですね。そういう意味で山田錦が広く使われ、また大吟醸などにも使われています。
なお醪の発酵工程では軟質米は糖化酵素の影響を受けやすく、すぐにデンプン質が糖化されやすい。米が溶けやすいということですね。硬質米も糖化酵素の影響は受けるけど、その速度が遅く溶けにくい。
――― 平成30年に神奈川県の産地品種銘柄に登録された「楽風舞」の特徴は?
楽風舞は「五百万石」系統のお米なので、硬質米です。前職では山田錦と五百万石を精米していたので、五百万石がどれ程の硬さか、あるいは玄米の状態でどんな形かを良く知っていました。楽風舞を初めて見たときも、もちろん系統に関する基礎知識はありましたが、もう見た瞬間に「ああ、五百万石(系統)だ!」とすぐわかった。
山田錦の玄米の形がヒョロっとノッポなのに比べて、五百万石は長軸方向が山田錦よりは小さい。その代わり横にでっぷりとしているので、知っている人なら見た瞬間にわかる粒の形をしています。
――― 硬質米だと精米時間はより短くなるんですか?
やはり短くなりやすいですね。ただ全く精米条件を同じにしていると、「ああ、短くなっちゃった」で終わってしまう。楽風舞などの硬質米が来るときでも「短くなった」で終わらないように、それまでの作業履歴を見ながら微調整をしています。
(後編につづく!)