府中街道を川崎から府中方面に走らせ、小田急線を越えてしばらくいくと目に入る「松屋梨園」の看板。
約10年前、多摩川梨の伝統を守るため18年間に渡る会社員生活を卒業し、家業の梨園を継いだ五代目・香山成夫さんに伺いました。
作るのは難しいけど、売るのはもっと難しい
――― 就職した時点で「いつか戻って梨農家を継ごう」という気持ちはあったのですか。
ありましたね。せっかく土地があるのなら、やらないともったいないですから。ただ、百姓をやるにしても一度外で仕事をしてみないといけないと思って。
――― "外"での経験が農業経営に活かせるとしたら、例えば販売面などで?
そうですね。作るのは難しいけど売るのはもっと難しいです。良いものを作ってもきちんとアピールしないとお客さんは買ってくれませんので。
品質の良さ、値ごろ感、売り方と、(売るためのポイントは)色々あります。収穫が始まる一ヶ月前にお客さんに暑中見舞いのハガキを送ったり。これ嫁さんの発案なんですけどね。
――― 「もう梨の季節か!」と思うわけですね。販路はどのような構成ですか?
発送で5割、即売所で4割、セレサモス(JAセレサ川崎が運営する川崎産農畜産物直売所。麻生店と宮前店があり、松屋梨園の梨は麻生店で販売される)で1割くらいでしょうか。
神奈川県川崎市多摩区で150年以上続く松屋梨園の五代目。約18年間勤めた会社を辞め、梨作りの世界に入り10余年。四代目・恒夫さん(表紙の写真左下)やご家族とともに伝統の「多摩川梨」を生産し続けている。
ほかの梨とはひと味違う!
――― 8月中旬、セレサモス麻生店で松屋さんの「八達(はったつ)」が販売されていました。本来は8月下旬~9月上旬の収穫だとか。
八達の場合、8月を過ぎて9月になると余ってしまうことがあるんです。あまり知られてないので、その時期になって出しても売れない。早い時期からちょこちょこ持っていかないとね。
でも最近は少しずつ認知度が上がってきているようで、セレサモスでご購入いただいたお客様が「美味しかった」と直接当園に足を運んでくださることも増えてきました。ありがたいです。
――― その味わいには独特のものを感じました。
食べると初めに甘みを感じる。その後、また「ひと味」来るんですよ。
――― 美味しいと思いますが、あまり見かけないのはなぜですか!?
うちでは50年以上栽培していて今も9本ありますが、ほかでは作っているところが少ないんです。通常、梨農家は種から育てるのではなく、苗木屋さんから買った苗を育てて太くする。ところが八達は苗木屋さんにも無いんですよね。
また、木から落ちやすいので落下防止剤を撒く手間がかかる。なかなか粒が揃わないし、形も(洋梨に近く)梨らしくないから「これホントに梨なの!?」と違和感を持たれるお客さんもいて、そういう面の売りにくさもあります。
――― しかし、松屋梨園ではイチオシの梨であると。ぜひもっと多くの方に知ってほしいですね。
ほかの梨とはひと味違うと思っていますよ!
収穫のときだけではないんです
――― 梨にかけられている袋は二重になっているのですか?
そうしないと害虫が入ってみんなやられてしまうんです。実が小さいときに一度小袋を被せて、ある程度大きくなったら二重の袋にかけかえます。
シンクイムシなんて幼虫のときに実の中に入ってしまうんですよ。外から見たらポツンとしか見えないけど、切ってみると芯の方が腐っていてもう売り物にならない。一番腹が立つケースですね!
――― イメージしていたよりも、ずっと手のかかる栽培なのですね。
そうですね。みなさん、収穫のときだけで終わっちゃうんじゃないかと思っているでしょうが、そんなことはないんです(笑)。
自家製堆肥へのこだわり
――― 梨園の中で堆肥作りをされていますね。
親父には信念があってね。色々と研究して自家製で有機の肥料を作っています。せん定した枝と植木屋さんからもらった枝葉、畑のトウモロコシなどを砕いて積んでいく。それに米ぬかを撒きます。今、水をかけて発酵を促進しているんですが、お湯になって出てきますよ。
あればどんどん使っていくので年中堆肥作りをしていますね。ただ「化学肥料より有機肥料がいい」とよく聞きますが、それも考え方。足りない部分は化学肥料で補うようにしてもよいと自分は思っています。
――― それにしても、いつもしゃがんだ状態で作業をされているんですよね。腰痛は大丈夫ですか?
もう職業病ですよ(笑)。周りに聞くとみんな「腰が痛い」と言ってますね。1週間に一度接骨院に行っています。
「次の年」も買いに来ていただいたときが嬉しい
――― ホームページを拝見すると、20種類以上と多くの品種を栽培されています。「色々な梨を育てたい」という梨農家さんは多いのでしょうか?
考え方だと思いますよ。(多品種栽培をして)長期間引っ張っていると大変なので、早く終わらせてしまおうという考えもある。最近は「幸水」などの早生梨にウエイトがかかっているようですね。品種が少なければそれだけ集中して色々とできるから。それもひとつの生き方です。
――― 品種が多いと栽培法も変わってくるかと思うのですが。
いや栽培法自体、基本的にはやることは同じなんですよ。八達みたいに一度落下防止剤を撒いたりというのはありますけど、それほど変わりはないんです。ただ採る時期が色々だと手間ですよね。今だと3、4種類が同時に収穫期となっていますが、今度は豊水が始まるしね。
――― 都市・川崎で農業を営むことのメリットはありますか?
お客さんが身近にいらっしゃるので、その評価を反映させやすいですね。昔はあまりなかったのですが、最近は「梨が高い」と言われる。「どれくらいならいいんですか?」と聞くと「もっと分量が少なくていいから安く」と。家族の人数が少なくなっているから、今まで5個買っていたけど、食べきれないから2、3個でいいらしいです。
あとは「ひと袋に色々な種類を入れてほしい」とか。手間だから面倒くさいんじゃないかと思ったんですけど、「まあ、欲しいと言うなら」とやってみたらそんなに手間はかからなかった。
――― そのあたりは意外と気づかないものなのですね。最後に梨農家としての喜びと、今後の展望を教えてください。
なんといっても収穫した梨を「美味しい」と言ってくれたお客さんが、次の年も買いに来ていただいたときが嬉しいですね。今後も「多摩川梨の伝統」を守り続けていくことが大事なことだと思っています。