【蔵人インタビュー】泉橋酒造 犬塚 晃介さん

泉橋酒造 栽培醸造部 犬塚晃介さん

泉橋酒造「栽培醸造部」に所属し、春から夏は米作り、秋から冬には酒造り(担当は麹造り)に携わる蔵人・犬塚晃介さん。

 

そんな犬塚さんに泉橋酒造に入社した理由、さがみ酒米研究会の農家さんのことや、田んぼごとに違う個性を持つ「お米と麹造り」の関係などについて伺いました!


泉橋酒造株式会社 栽培醸造部 犬塚 晃介(いぬづか こうすけ)さん

 

◆ 昭和62年(1987年)生まれ、埼玉県出身。東京農業大学応用生物科学部醸造科学科を卒業し、酒販店に就職。2年半勤務の後、泉橋酒造株式会社に入社した。春から秋までは農作業全般を、秋から春の酒造りでは麹づくりを担当している。

 

◆ 自らを「酒造りのオタク」と呼ぶほどお酒のことが好き。趣味は最近始めたカヤックで、仕事の日でも早朝や昼休みに「ちょっと相模川に行けないかな!?」と考えるほどハマっている。



入社の決め手は「農業をしっかり」

 

ーーー 新卒で一旦、酒販店に就職されていますが、いずれは酒造りの世界に入ろうと考えていた?

 

はい。学生時代から酒造りを学んでいましたが、頭でっかちにはなりたくなかったんです。

 

ーーー “外の世界”も見ておきたかったのですね。いよいよ「酒造会社に入ろう!」と思った時に、何が決め手となって泉橋酒造だったのでしょう。

 

泉橋は学生時代から知っていて、お酒も飲んだことがありました。決め手は農業をしっかりやって、自分たちのお米でお酒を造っているところ。全量純米酒を生産していることも理由の一つです。

 

ーーー ご実家は農家ではないそうですが、なぜ農業の部分が決め手になったのですか?

 

学生時代、夏休みに農家さんのところで勉強したこともあり、僕個人としては米作りに近いところにいました。そして「まず米作りを知らないと酒造りもできない」という考えになり、米作りをしている会社を選んだんです。

 

ーーー 入社してみていかがでしたか。

 

入って良かったですね。やはり米作りも酒造りの一つだと思っているので、夏も酒造りをしている感覚に近いです。酒質設計も米作りから始まっていると考えています。


播種作業をする犬塚さん @さがみ酒米研究会 会長・池上さん宅にて
播種作業をする犬塚さん @さがみ酒米研究会 会長・池上さん宅にて

分けつを抑える「中干し」

 

ーーー 蔵のすぐ隣にある田んぼでは、山田錦や雄町を栽培しています。冬場に田んぼに水を張っておく「冬期湛水」は珍しいやり方ですね。

 

冬期湛水は山田錦と雄町、両方の田んぼでやっています。雄町に関しては全く農薬を使わない栽培。また肥料も与えていないので、そういった意味でも冬期湛水が大事になってくるんです。

 

ーーー 稲刈り後に残された稲わらなどが分解されやすくなって、養分になるのですね。田んぼに水を引くための用水路も、非常に大事な存在かと思います。

 


そうですね。蔵のすぐ側で用水路が分岐するのですが、詰まってしまうと他の農家さんに迷惑がかかる。

 

田んぼは自分たちだけでなく他の農家さんと隣合わせですから、関係を崩さないように定期的に掃除をしています。あとは、用水路の水位に合った量を入れるようにしたり。

 

ーーー そこは地域全体としての協力関係なのですね。

 

そうですね。他の農家さんとよく話をするなど、コミュニケーションが大事です。7月に「中干し」という期間があるんですね。その時には水を止める。

 

それも地域でやっていきますので、そういった意味では水をみんなで共有している。自分たちだけのものではないんです。

中干しが終わり、再び水を入れた田んぼ。ひび割れた部分から新たに供給された、海老名の空気と水が稲に力を与える。
中干しが終わり、再び水を入れた田んぼ。ひび割れた部分から新たに供給された、海老名の空気と水が稲に力を与える。

ーーー では中干しもみんなでやる?

 

みんなで中干しをする。

 

ーーー そうすると泉橋さんの酒米と、他の農家さんの飯米では生長の度合いが違うと思うのですが、同時期でいいんですか?

 

7月下旬くらいだと、品種によってちょっと「早いな」という部分もあります。なので、そこをうまく調整をしていく。中干し期間には水が用水路から全くなくなりますが、水がある時期になっても、自分たちが水を止めてしまえば後からでも中干しはできますから。

 

ーーー 中干しにはどのような意味があるのですか。

 

中干しすることで、茎がどんどん分かれていく「分けつ」を抑える。1株が摂れる養分は株当たりの面積で決まっているので、分けつすればするほど、茎が多ければ多いほど実にいく栄養が少なくなっちゃうんですね。

 

だから一度田んぼを乾かして、分けつを少なくして実をしっかりと太らせてあげる。あとは、一度そこで固めておくと収穫の時期にコンバインが走れるというのもあります。

 

ーーー 稲刈りの2ヶ月以上前ですが、そんなに早い段階で固めておいた方がいい?

  

代かきをしてトロトロになっているので、そこで一度固めてあげることで走りやすくなるんですよ。ただこれは作業的な話で、一番大事なのは分けつを止めることです。


インタビュー時の犬塚晃介さん

お米をただのモノとして扱う気持ちにはなりません

 

ーーー さがみ酒米研究会は今年で22年目となります。先日伺った池上さん宅での播種作業を見ていても、強い信頼関係を感じました。皆さん、どのような方々なのでしょうか。

 

研究会の方は、地元の農家さんの中でも割と個性的というか(笑)。酒米栽培は普通の飯米よりも作りづらいので、失敗にへこたれない心が大事になってくると思うんです。だから、前を向いて突き進める方が多いなと。色々なアドバイスもいただけますし。

 

研究会の集まりが年に9回から10回ほどあって、こちらからも情報提供をしていますが、やはり向上心が違うと感じます。ここまで農家さんと密にやっているところは少ないと思いますね。

 

ーーー 農家さんの田んぼもそれぞれに個性がある?

 

ありますね。酒造りの期間中に土を採って分析しています。もちろん全部を分析することはできないし、あくまで指標ですが傾向がつかめてくる。弊社で持っている田んぼでも一つひとつ個性が全然違います。

 

ーーー 様々な田んぼの個性を把握するのも大変そう・・・

 

弊社では平成27年からICTを積極的に活用しています。そのひとつが「アグリノート」。誰がどれだけ、何時間この作業をしているとか、この田んぼにどの肥料を撒いたなどの記録をつけて、データ管理をするソフトです。それぞれの田んぼの癖なども記録してあります。

 

もうひとつ「パディウォッチ」という水田センサを田んぼに立てて、スマートフォンで水位や水温を確認しています。田植えが終わったら、海老名と相模原の田名、大島の田んぼに立てていきます。

 

降水状況や積算温度もわかるので、収穫時期もわかってくる。こうしたデータ管理と経験則のふたつをうまく併用しています。

 

ーーー ご担当されている麹米と、各田んぼの米との関係はいかがでしょうか。

 

ありますね。やはり麹米には「この農家さんの、この田んぼの米が良い」というのがあって、基本的にそれを使っています。もう蒸し上がりの香りでわかる。麹を造っている時、やはりお米によって温度が上がりやすかったり、逆に途中で “腰” が折れちゃったりするので。

 

ーーー 「どこどこで収穫した米」かを知っていて作業できるのは、泉橋酒造ならではですね。

 

普通に酒米を買うと色々な生産者の米が混ざってしまうので、そういうことはできません。そこはやはり強みかなと思います。農家さんのことを知っていて、どういった米作りをしているかをわかっていての麹造りです。お米をただのモノとして扱う気持ちにはなりません。

 

あとは酒造りにおいて良かったこと悪かったことを、農家さんにフィードバックできますね。細かいことは話しませんが、わかりやすいのは精米時間。例えば、精米中に割れてしまうと精米時間が短かくなったりするわけです。

 

逆に時間が長ければ「割れない米だった」ということ。こういったことをデータで渡したり、「麹を造りやすい良い米でした」などと伝えたりします。


6月3日の田植え会にて。素早く、無駄なく、綺麗に糠撒き作業をする犬塚さん。
6月3日の田植え会にて。素早く、無駄なく、綺麗に糠撒き作業をする犬塚さん。

品質の見極め、そして対策

 

ーーー 地域の農家さんでまとまって酒米栽培をすることのリスクとして、天候不順があるかと思います。全体的に収量が減ってしまうことも起こり得る?

 

起こり得ますね。同じ海老名でも南と北では気象条件が多少違いますが、そこまで大きく変わらないので。収量が落ち込むときは、大きく落ち込んでしまう可能性があります。

 

ーーー すると酒造りにも影響が出てくる。しかし酒造計画について見直すことは難しいですよね。

 

難しいです。昨年も10月に雨が続いて、「もしかしたら少ないかも」と話していました。でも海老名でしっかり例年通りに収穫があって、結果的には大丈夫でした。

 

ーーー 米の出来については、いつ頃わかるのですか?

 

実がついて登熟期になった頃の気温が大事になるので、8月下旬頃からお米の品質がわかってきます。すると酒造りで「こういった酒質になるかな」とか「今年はこういうことをしなきゃいけないかな」と考えていくことができる。

 

ーーー 自然環境には逆らえない中、天候不順の時に打つ手はあるのですか?

 

8月のお盆の頃、さがみ酒米研究会で集まって田んぼを回ります。分けつの本数などを見たりするのですが、この時に天候に合わせて追肥の種類や量、タイミングについて決めていく。

 

「今年は暑いからちょっと多めにふろう」とか、「寒くて養分の食いが少ないから少しにしよう」などと。

 

それによっても品質が変わってくるんです。また、水の掛け流しをして田んぼの水温を下げることもあります。


農作業と酒造り、どちらについての質問にも丁寧に的確に回答してくださいましたm(_ _)m
農作業と酒造り、どちらについての質問にも丁寧に的確に回答してくださいましたm(_ _)m

デンプンを作り、分解するサイクルが面白い

 

ーーー 犬塚さんにとっての「酒造りは米作りから」とは。

 

田んぼでは光合成によってデンプンが米に蓄積される。そうして自然からできたデンプンを、今度は自分がつくった麹が “紐解いて” 分解する。こうして米作りと麹づくりをセットで、1年間のサイクルで続けることが不思議だなと。ここ数年ですごく感じています。

 

しかもそれは海老名の空気=二酸化炭素と太陽、相模川の水がもとになっている。本当に「地酒」の感覚ですよね。本当に面白い。田んぼをやっていないと、こういう感覚ってないから。

 


ーーー 今後について。

 

まずは海老名で良いお米を作って、良いお酒を造ることが一番。皆さんに幸せになってもらえるようなお酒を造っていきます。それができるように日々努力をしていきたいと思っています。