泉橋酒造・営業企画部の川邊さんはとっても謙虚。インタビュー取材の依頼にも「あまり魅力的な話はないかもしれません・・・」とのご回答がありました。
しかし、そんな川邊さんについて同僚の方に聞くと「司令塔のような存在」と口をそろえておっしゃいます。てことは、極めて謙虚な司令塔? ううむ。果たしてカワナベミツロー氏とは何者なのか!?
今回の蔵人インタビューは、現場でバリバリと酒造りに従事するイメージの「蔵人」とは少し違った、でも酒蔵において非常に重要な役割を担っている。そんな方にお話を伺いました。
泉橋酒造株式会社 営業企画部 川邊 光朗(かわなべ みつろう)さん
◆ 昭和51年生まれ、神奈川県厚木市出身。障がい者の支援施設に9年間勤務の後、泉橋酒造に入社。現在、農業・醸造・営業の各業務に現場社員のサポート役として従事しており、現場からの信頼も厚い。
◆ 火入れ・瓶詰め工程ではメインの担当者としてフル回転! その昔、「消防職に就くことも考えた」というだけあって筋骨隆々な、事務方社員さんである。
みんなが僕の役割を作ってくれている
――― 川邊さんは転職で泉橋酒造に入社されたそうですね。
はい。入社したのは7年ほど前だったと思います。地域の活動団体で橋場社長と知り合い、ある時「会社で欠員が出るからどうか?」という話をもらった。
――― 入ってみようと思った決め手は何だったのですか?
お酒を造っていることは知っていましたが、それだけでは惹かれることはなかったと思うんです。やはり地元で農業からやっていること。自分たちですべてを手掛けて・・・。何か楽しそうなことをやっているなと。
あとは、社長の人柄です。「この人と一緒に仕事がしたい」と思わせてくれる人だった。この2つがなかったら、気持ちは動かなかったかもしれないですね。
――― 酒造りだけでないところに惹かれたというのは、もしかしたら他の社員さんにも共通するところがある?
恐らくみんなそうじゃないかと思います。やっぱり農業に始まり、精米してお酒を造り、飲み手に渡す。そのすべてがこの酒蔵を中心として見渡せるような範囲にある。これ以上の環境はないとは思っています。しかも、それがこの神奈川県でできている。
――― 社内での立ち位置も、そのすべてを一気通貫で見られる所にいますね。ご自身の思いにマッチしたポジションではないですか?
そうも思うのですが、もっと深く入り込んで知りたいし触りたいけど・・・というもどかしさを感じることがあります。こうしてお話しさせていただく時にも、例えば農業についてもっと深く話したいという感情が湧いてくる。
しかし、やはり現場で実践している彼らとは知識・情報量が違う。圧倒的に足りない。
――― そう感じている。
もちろんです。ただ、それぞれ専門特化した部署があり、そこには適材適所の人間がいますから。僕はそれを「繫いでいる」イメージですね。みんなが僕の役割を作ってくれている。でもそれを一つの会社として連続した仕事にするには、やはり「繋ぐ」役割が必要だと思っています。
“温度感” が大事
――― 農業、醸造、営業の各場面を調整し、業務をされているそうですが、具体的には?
農業なら田植えしかり、除草作業しかり。収穫時期には、酒米検査の立ち会いなどをしています。営業関係だと蔵からの情報発信や、商品案内、見積書等の作成。イベントへの参加などです。ですので、社内で動いていることについては全て把握していますね。
――― 主に営業に出られているのはどなたですか?
副杜氏の寺田になります。
――― 「副杜氏」の寺田さんが、営業の前線に出られている。これは「自社の酒造りをよく理解している者が営業するべき」という考え方なのでしょうか。
そうですね。造りの経験は一番長いですし、現場も見ています。お客様のニーズに応えるためにはうちの造りをよく知っていないと。しっかりお米を触って、温度を感じている者が説明するのと、そうでないのでは伝わり方が違いますよね。
――― “温度感” が大事になる。
はい。泉橋の米作りから始まる酒造り、それに関わる全ての者もよく知っていますから。うちの場合はより酒造りに関わっている者でないと、営業担当としてもったいないと思いますね。
ただ (寺田さんが)“熱すぎる” と感じる方がいるかもしれませんが(笑)。
――― 醸造業務に関しては、瓶詰めを担当されています。これはどのような位置付けの工程ですか?
みんなが昼夜問わずやってきたことの集大成です。最後の工程の瓶詰めで失敗したら終わり。彼らの仕事を無にしてしまうので、緊張感を持ってやるところです。
もちろん出荷担当者がラベルを貼るという工程があってはじめて商品になるわけですが。
この一杯が最後かもしれない
――― 試飲会にもスタッフとして行かれるのですね。
ええ。楽しみかつ、緊張しますね。自分の対応ひとつで、その人の泉橋に対する印象が決まってしまう。「この一杯が、この方の最後のいづみ橋になるかもしれない」という思いがあって。
――― そのお客様が『いづみ橋』を飲む機会はもう来ないかもしれない。
そうです。せっかくその場に立ち会うのなら、やり残しがあってはいけないですから。
――― 印象に残るお客様は?
個性豊かなお取引先の酒販店様(笑)。泉橋酒造のことをしっかりと理解してくださっていて、いろいろなことに敏感に気が付いてくださいます。僕が入社する前からずっと築き上げてきていただいた関係ですね。
例えばほめてくださる方より、むしろダメな所を指摘してくださる方は印象的です。それでもいづみ橋をずっと愛飲してくれるということですから。季節商品ですと、年による味わいの違いにも楽しみがあると思うのですが「去年の方が良かったなあ」とか「今年のは好きだなあ」という声を聞くと、「ああ、この方はずっと飲んでくれているんだな」と。
そういう継続性を感じられた時は嬉しいですね。「また来年も楽しみにしている」と言ってくださったり。
――― 季節限定品も含めて、商品アイテム数がかなりありますね。
地元の山田錦を使用した『恵』シリーズ、発泡性の『とんぼスパークリング』や2年以上熟成させた『生酛 黒とんぼ』シリーズなど、結構ありますね。やはりある程度のバリエーションがあると、多様性のある食事や飲み手の好みにも、幅をもって楽しんでいただけると思います。
――― 2年以上の熟成・貯蔵をされているということは、営業面では大変なことをされているわけですよね。出荷しないとお金にならないのに、蔵の中で保管する。しかも現在(2018年8月)、貯蔵用の建屋まで新築されています。
熟成することで出てくる味わいや風味、香りなどが、様々な料理に合わせる「要素」になってきます。もちろんフレッシュなお酒が合うものもありますが、そういったお酒の良さも熟成酒があるからより輝く。そういった対比が相乗効果になるのだと思います。
熟成の環境も違えることで、商品ごとの個性をより引き出していけると思います。
「農・醸・食」を連動させるピースになる
――― 今後について。
地元、農業、景観、文化・・・こういった視点は、この会社に入って強く意識させられました。先人たちが引き継いできたこれらを、『いづみ橋』を通じて次世代に渡していきたいですね。
――― そのために川邊さんがすべき役割とは?
泉橋酒造がやっていることをお客様に正確に伝える。今、「田んぼからテーブルまで」を社のモットーにしていますが、その「農・醸・食」をうまく連動させるピースになることなのかなと。
――― そこはやはり繋ぐ部分を意識されている。
会社としての資源がすごくあるんです。そこがしっかり繋がっていくようなことをしていきたい。それは、もしかしたら今やっていることではないかもしれない。続けていけば良くなるというものでもないのかもしれないなと。
もっと別の何かがあるとしたら、それを提案できるところにいさせてもらっていますから。今後も神奈川の恵みを、ここから表現し続けていきたいと思います。