神奈川県小田原市で約50年、みかんを作り続けている湘南ゴールド栽培農家の鈴木裕章さん。鈴木さんの畑がある片浦地区は戦後、国内の二大みかん産地のひとつとして有名で「西の大長か東の片浦か」(注:大長=おおちょう/広島県)などと言われていたそうです。
現在、県を代表する果物となった湘南ゴールドは、神奈川県農業技術センターが12年の歳月をかけて開発した柑橘。特徴はなんといっても華やかな香り、そして酸味と甘みのバランス。収穫から出荷までに貯蔵期間を置くことで酸が抜け、甘みがグッと前面に出てきます。
今回の特集は湘南ゴールドの生産・販売組織「JAかながわ西湘SG21」会長でもある鈴木裕章さんへの「農家インタビュー」です。
(※2019年2月の取材では、既に会長職を後進に譲られたとのお話でした。)
※インタビュー御同席者の略称は以下の通りとなります。
JAかながわ西湘 営農部 技術顧問 真子正史様:(真)
JAかながわ西湘 営農部 保田喜保様:(保)
「見え始めてきた」隔年結果性を抑える術
――― 会長の畑がある片浦地区は、なぜみかん栽培に適しているのですか。
傾斜地で作っているから海の反射熱と反射光があるなど、地形的なこと。それと土壌も恵まれていたのかな。
――― 代々、ここで農家をされてきたのですね。湘南ゴールドはいつから栽培を?
そう。みかんをやってからは三代目。品種は全部で17種類ぐらいあって、湘南ゴールドはここ13年くらいですね。品種の登録が平成15年(2003年)で、最初の出荷が平成17年(2005年)産から。
――― 17年産? 一般に湘南ゴールドの初出荷は平成18年(2006年)と言われているようですが。
花が咲いたのが(前年の)平成17年5月頃になるから、そこを基準とします。これを「果実年度」でいうと17年産と言います。
――― 「果実年度」という考え方なのですね。湘南ゴールドは何本くらい栽培されているんですか。
何本というのが意外とわからないんだよね(笑)。正確には収量しか把握できないから。例えばみかん全部で15トンとしたときに、湘南ゴールドが4トンくらいかな。今年あたりは不作だから約1トン半だけど。ただ単価は一番高いですよ、湘南ゴールドが。
――― 今年不作だったのはどうしてですか。
うちは裏年という解釈をしているね。みかんには隔年結果性があって、1年置きなんですよ。だから成る年(=表年)と成らない年(=裏年)と差が出てきちゃう。それをなおすようにやってるんだけどね。
――― 隔年結果性を抑える?
会としても試行錯誤しながら、真子顧問といっしょに一生懸命やっているよ。どの方法が一番隔年結果性が小さくなるか、だんだん見え始めてきたね。せん定の技術と摘果の技術と両方あればなくなってくるんじゃないかなと思う。摘果でいうと例えば「半分落としなさいよ」って言ったときに、正確にみんなが半分落とせるかどうかだね。
――― 本日は真子正史顧問もいらしています。この取り組みについて、お聞かせください。
(真)少しずつ良くなっていると思います。(収穫量の波が)なくなってきたから。樹全体を、枝ごとに少しずつ成るようにもっていけば成功する。ただ元々隔年結果性があるのが柑橘ですので。なかなか完全にはいかないでしょうけどね。
「成っちゃった」ではなく「成らせる」管理
――― せん定はどのようにしなければいけないんですか。
基本は風通しを良くすればいい。枝が混み過ぎちゃってると風通しが悪くなって、日も差さなくなる。日が差さなければ枝が枯れてくるんですよ。それでなるべく懐の方に、風が当たらない所にみかんを成らせるのが湘南ゴールドの特徴なんです。
――― 風の当たらない所に成らせるなんてことができるのですか!?
葉で陰にして風を防ぐ。
――― では風通しが良く、日光が全体的に葉に当たるけども、果実が隠れているようにする。
うん、それが一番理想だけど、みなさんが技術を持つまでいくのは容易なことじゃない。ちょっと大変だな。
(真)「葉隠しせん定法」と言ってね、果実を葉で隠すようになるクセを付けるせん定。湘南ゴールドはこれがいいんじゃないかということで、今みなさんに勧めています。
確実な技術を持っている人は少ない?
(真)何人かはいますよ。ツルツルの果実を作っている人はだいたいそういうせん定です。
――― だからせん定講習会を開いている。
そう。普通のみかんはね、放っておいても1年置きに成っちゃうんだよ。成らせるんじゃなくて、「成っちゃった」。でも湘南ゴールドはそれでやるといいものができない。「成らせる管理」をしないと。そこがやっぱりちょっと手がかかるかな。
――― 先ほど選別用の規格板を見せていただきましたが、選別にも手がかかりそうですね。
普通のみかんより小さいんですよ。収穫の手間はだいぶかかるね。一人あたり一日で200キロだな。みかんの2階級下が湘南ゴールドの規格になっていて、それ以下のものは加工品にする。一番小さい穴から落ちるものは加工品になってしまうんですけど、あまり小さいと加工するのにも搾れないそうだね。
――― 加工するのにも小さすぎると。
うん。なるべく大きいものを作るように指導しているんだけど、湘南ゴールドはぶどうの房みたいに10個くらい成るんですよ。だもんで、よっぽどうまく摘果しないと陰に隠れた小っちゃいのがわからなかったりする。顧問がよく言うんだけど「寝っ転がって摘果しなさい」というくらい下の方の実が見えないんですよ。
――― ひと枝にどれくらいの数にしなさいといった基準はあるんですか?
(真)葉の枚数。温州みかんがだいたい30枚の葉で1果。湘南ゴールドはだいたい50枚で1果。
――― 20枚の違いがある。
(真)というのはやはりね、葉が小さいんですよ。普通のみかんの葉っぱの3分の1くらいしかない。
枚数がないと光合成ができないからね。
「夏肥をやれ!」
――― 片浦は土壌に恵まれていたとのことですが、現在は土づくりをどのようにされているのですか?
土壌はなかなか昔と違ってやってないねえ。以前は色々とやりました。中耕したり、草生栽培で草を出して肥料を撒く前に刈ったり、清耕栽培といって(草を生やさず)きれいにした上に藁を敷いて有機質を入れたりしたんだけど、それをやる人は今ほとんどいない。そういう手がなかなか入らないね。
――― それはいつ頃のことですか。
もう40年くらい前かな。
(真)昭和40年代から50年代初めですね。
ここらに田んぼをやっている人がいないから、藁を取りに行って全部畑に運んだ。注文して大型車で持ってきてね。
(真)片浦だけで600トンくらい集めた。茨城などからね。
――― その頃はみなさんそういう形でやっていたんですか。
やっていたね。その頃は援農者がみかんもぎ専門に東北の方から来てくれていた。11月、12月と。もっといられる人は3月いっぱいまでいた。自分の田んぼの仕事が始まる前まで。するとね、色々な管理ができたわけ。それをやっていたのは、その頃の話。
――― それは結果に表れるんですか?
いいみかんができましたよ。3月、4月までみかんを売っていました。暖冬になってそれもできなくなったけど、お彼岸までは定番だったね。いつも12月までに普通のみかんはもぎ終わって、あとはその管理にずっと費やしていた。今は色々な種類を作っているから、普通のみかんの管理ができなくなっているね。
――― 収穫後にもそれだけ大事な管理があるのですね。湘南ゴールドについては、収穫後の貯蔵期間を経て出荷されています。熟成させる期間はどのくらいなのでしょう。
1週間から10日くらいは置きたいね。
――― その期間を経て酸味が減り、甘みが前面に出てくるのですね。病気の防除や施肥などの管理面はいかがでしょうか。
湘南ゴールドの樹にはトゲがあるんですよ。すると風が当たる所はトゲで傷ついて、かいよう病になってしまう。
――― 農薬散布の頻度はどれくらいですか?
通常の農薬が4回、かいよう病の薬が2回で6回ですね。2ヶ月に一回くらいは散布してるんじゃなかな。
――― 枝葉が混みあって入り組んでいる状況で葉の一枚一枚にかけるのは大変な作業ですね。
そうですね。「スピードスプレーヤー」という放射状に薬が出る機械を使えればいいんだけど、みかんの樹には使えない。葉の裏にも害虫がいるので、1本ずつ(樹の)懐から散布します。
あまり霧が細かいと葉裏まで薬がいかないんですよ。ちょっと霧が粗い方が跳ね返って裏の方までいく。ただ、それもせん定がちゃんとできていないとだめ。
――― せん定の技術がそこに繋がってくる! 肥料をあげる頻度はどのくらいですか?
肥料は年に3回から4回だな。4回やってる人はいないか?
(保) 2回ですね、春と秋で。
2回じゃ少ないよ!
(真)夏にやってくれないとね。
夏はやらないと。冬を越して春に収穫する晩柑を作ってる人はやってると思うよ。真子顧問によく言われたんだよ。「夏に肥料が切れちゃうから夏肥をやれ!」と。
(真)そうそう。2ヶ月に1回はやらないと晩柑はなかなかうまくいかない。でも、なかなかそうは肥料をやってくれないんだ。
それが肥料だね。
とにかく先駆者として、先へ
――― 出荷量の目標はありますか。
今の収量では100トンあっても神奈川県下が主。首都圏まで手を伸ばすとなるとそれ以上のものが必要になってくる。200トン、300トンはもちろんだけど、それに伴う加工品までとなるとかなりの量がないと。大手(の食品メーカーからの引き合い)も来ているんだけど、ロットがないもので。そういった部分でもう一歩伸び悩んでいるところはある。
――― 例えばサンクトガーレンさんの「湘南ゴールド」ビールのように全国で販売されたり、収穫時期のみならず通年で口に入る製品になること。これについてはどのように捉えていますか?
お菓子にしてもビールにしても、一年を通して「湘南ゴールド」の名前を聞いていただければ、すごいコマーシャル効果がある。今度はそれが「生で食べたらどんな味かな?」と興味を持ってもらえるしね。ビールはこの間(サンクトガーレン・岩本社長に)会った時に、「もっと増やしたい。製品は改良されているから今の方が美味しくなってる」と言ってたよ。
――― サッカーの湘南ベルマーレさんのビールが、湘南ゴールドですよね。
ベルマーレを応援しなきゃいけねえな(笑)。
(真)J1ですから! ビールは、より“フルーティ”に、果物の香りがよく出るようになりましたよね。
――― 最後に改めて今後の課題や展開についてお聞かせください。
一番いい土地で最初から作ってるんだから、リーダーシップをとってとにかく先駆者としてどんどん先へ進まなきゃいけない。栽培技術もどんどん広めていかなければいけないんだけどさ。いかんせん、後継者不足で(笑)。そこに一つ問題があるかもしれません。
今後は、SG21の中でどんどん品質アップして良いものにしていく。あとはもっと全国販売できるような数量まで持っていければ最高だな。
インタビューは2018年3月5日 談、畑の写真は2019年2月21日撮影